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東京高等裁判所 昭和60年(行ケ)139号 判決

原告

株式会社神戸製鋼所

被告

特許庁長官

主文

特許庁が、昭和五八年審判第九九二号事件について、昭和六〇年七月一二日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた判決

一  原告

主文同旨

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和四九年五月二〇日、名称を「高導電性銅基合金」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願をしたところ、昭和五七年一〇月二九日に拒絶査定を受けたので、昭和五八年一月一二日、これに対し審判の請求をした。

特許庁は、同請求を同年審判第九九二号事件として審理し、昭和五八年八月一七日、審査官によつて出願公告決定がされ、同年一一月二六日、出願公告された(特公昭五八-五三〇五七号)が、訴外住友電気工業株式会社から特許異議申立があり、昭和六〇年七月一二日、「本件審判の請求は成り立たない。」との審決がされ、その謄本は、同年七月三一日、原告に送達された。

二  本願特許請求の範囲第一項記載の発明(以下「本願第一発明」という。)の要旨

〇・〇四~〇・一五重量%のFe、〇・〇二五~〇・〇四重量%のPを含み、かつ第三添加元素としてAg、Al、B、Be、Co、Cr、Mg、Mn、Ni、Sb、Si、Ti、Znおよびミツシユメタルのうちの一種又は二種以上を合計〇・〇一~一・〇重量%を含み、残部本質的にCuからなり、燐化鉄の析出した高導電性銅基合金。

三  本件審決の理由の要点

1  本願の出願及び出願公告の経緯及び本願第一発明の要旨は、前記一、二項のとおりである。

2  これに対して、特許異議申立人訴外住友電気工業株式会社が審判事件甲第一号証として提出した特許第八六一九七号明細書(昭和五年一月一五日公告。以下「引用例」という。)には、銅に、Si、P、AsまたはSbの一種または二種以上とNi、Co、Cr、FeまたはMnの一種または二種以上とからなる金属化合物及び第三添加元素として、Zn、Sn、AlまたはNiの一種または二種以上を含有せしめ、熱処理を施すかまたは施さない銅基合金の記載があり、さらに、該合金は純銅の五〇%以上の導電率を有すると共に強度を要する導電体、または、耐食性を要する部材に使用することも記載されている。

3  ところで、引用例には前記金属化合物としてFeとPを組み合わせた場合について実施例等具体的記載はないが、銅にFeとPを加えて導電性と強度を持たせることは本出願前周知であるから、引用例銅基合金のうち導電体として使用するものについては前記金属化合物としてFeとPを組合わせ得ることも引用例に実質上開示されているものと認める。

4  そこで、本願第一発明と引用例記載の発明とを比較すると、銅にFeとPが含まれていると熱処理によつて燐化鉄が析出することは周知であるから、両者は、FeとPを含み、かつ第三添加元素としてAI、Ni、及びZnのうちの一種または二種以上を含み、残部本質的にCuからなり、燐化鉄の析出した導電性銅基合金である点で一致し、Fe、P及び第三添加元素の含有量が、前者では、それぞれ、〇・〇四~〇・一五%、〇・〇二五~〇・〇四%及び〇・〇一~一・〇%と微量であるのに対し、後者では、「特許請求の範囲」の記載は、それぞれ、〇・〇四~二〇・〇%、〇・〇一~五・〇%及び「銅と固溶体をなす量」と前者の各含有範囲をも包含する表現になつてはいるが、実施例等の記載では、前者での上限の数倍以上と、前者に比較して多量である点で相違する他は、両者に技術構成上格別の差異は認められない。

5  前記相違点について検討すると、一般に、銅の導電性は添加元素の増加に伴つて低下するものであり、したがつて、合金元素の添加量の多少はその添加によつて向上する性質、例えば強度と導電性のいずれの性質を重視するかによつて決められるものと認められることから、本願第一発明において、Fe、P及び第三添加元素の含有量をそれぞれ〇・〇四~〇・一五%、〇・〇二五~〇・〇四%及び〇・〇一~一・〇%(本件審決に「〇・〇一~〇・一%」とあるのは誤記である。)と微量にすることによつて高強度よりもむしろ高導電性のものとすることは、当業者が必要に応じて容易になし得ることと認める。

6  以上のとおりであるから、本願第一発明は、引用例に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明することができたものと認められ、特許法第二九条第二項の規定により特許を受けることができないので、他の発明について検討するまでもなく、本願は拒絶すべきものと認める。

四  本件審決を取り消すべき事由

本件審決は、本願第一発明と引用例記載の発明との相違点についての判断において、本願第一発明における鉄、燐及び第三添加元素の含有量をそれぞれ、本願第一発明の要旨記載の範囲の微量とすることが、従来の当業技術者の技術常識とは異なる新たな知見に基づくものであるのにこれを看過誤認し、また、本願第一発明の目的及びその奏する特段の効果を看過誤認した(認定判断の誤り第1点)ことにより、本願第一発明における鉄、燐及び第三添加元素の含有量をそれぞれ、本願第一発明の要旨記載の範囲の微量とすることによつて高強度よりもむしろ高導電性のものとすることは当業技術者が必要に応じて容易になし得るものと判断を誤り、その結果、本願第一発明は、引用例に記載された発明に基づいて当業技術者が容易に発明をすることができたものとの誤つた結論に至った(認定判断の誤り第2点)ものであるから、違法として取り消されなくてはならない。

1  認定判断の誤り第1点

(一)本件審決は、「一般に、銅の導電性は添加元素の増加に伴つて低下するものであり、したがつて、合金元素の添加量の多少はその添加によつて向上する性質、例えば強度と導電性のいずれの性質を重視するかによつて決められる」旨の判断を示している(前記三5参照)。これは、銅に添加する合金元素を増加すれば強度は向上するが導電性は低下するという本願発明以前の従来の技術常識に基づくものである。この技術常識は一般論としては誤つているものではない。

(二)しかし、本願第一発明の特徴は、本願第一発明に規定する微量の範囲で添加元素を添加した場合、高導電性を維持したまま、充分な強度も併せて得られることを見出したことを基本としている。即ち、本件審決が前提とする従来の技術常識に従えば、従来の合金に比べ、鉄などの添加元素を大幅に減少していけば、導電性は向上するにしても、その強度は大きく低下するはずであるが、この技術常識に反し、本願第一発明の範囲では、添加元素を減少して行つても強度が低下することなく、充分な強度を保つことができる領域があることが見出され、この知見に基づいて本願第一発明がなされたのである。

(1) 添加元素の量と強度(引張強さ)との関係について、本願第一発明の領域では、本件審決が前提としている、添加元素が減少すればするほど強度も併せて低下するという従来の技術常識が当てはまらないことを端的に証明するのが別紙第一図(甲第二三号証図2)である。

同図は、添加元素の量(横軸、単位・重量%)と強度(引張強さ、縦軸、単位・kg/mm2)との関係を示すもので、同図に印で示している本願第一発明の合金及び印で示している甲第九号証の二記載の合金は、本願第一発明の数値限定の範囲内において、明らかな強度のピークを示し、同図に符号4k、4l、4m、4n、を付した●印で示す〇・五%以上の鉄を含む銅合金、符号2で示すCDA(COPPER DEVELOPMENT ASSOCIATION INC以下同じ。)一九二合金や符号6で示すCDA一九四合金などより遙かに添加元素の量が少ないにもかかわらず、これと同等以上の強度を有することがわかる。

なお、被告は、甲第二三号証が最終焼鈍条件を五〇〇℃×一二〇分とした特定の場合のみしか示していないと主張する(第三被告の認否及び反論の二2(三)参照。)。しかし、同一成分の合金であつても焼鈍条件によつて強度が変化するのは技術常識であり、焼鈍条件を合わせた供試材どうしを比較するのでなければ、合金本来の強度は比較できない。異なつた焼鈍条件によつて造られた合金どうしを比較せよという被告の主張は不合理である。

(2) 添加元素の量(横軸、単位・重量%)と導電率(縦軸、単位・%IACS)の関係を示すのが別紙第二図(甲第二三号証図1)のグラフであり、本願第一発明の微量添加領域において若干導電率の向上を示す傾向がみえるものの、全体的には従来の常識とそう異ならない結果が得られている。本願第一発明の合金はCDA一九二合金やCDA一九四合金などよりも遙かに優れた導電率を示しているが、これは添加元素の量が少ないことによる必然的結果とも言え、この点は、従来の常識とそう異ならない。しかし、本願第一発明の優れた点は、このように優れた導電率を示しつつ、前記のような高い強度を維持できる点にある。

(3) 導電性と強度の相関関係について、本件審決が前提とする従来の常識においては、添加元素を増やせば導電性は減少する代わりに強度が増し、逆に添加元素を減らせば導電性は向上する代わりに強度が落ちるのであり、導電性と強度とは反比例することになるのであるが、本願第一発明の合金はこのような従来の常識に合致する傾向から外れた特性を示すことを証明するのが別紙第三図(甲第二二号証図3)である。

同図は、本願第一発明の実施例の合金(本願発明の合金と表示して線で囲んだ○印で示す。)、及び本願発明の発明者等が開発した同様の微量添加の合金(前記とは別の線で囲んだ●印で示す。)の導電率(縦軸、単位・%IACS)と強度(引張強さ、横軸、単位・kg/mm2)を、従来の合金のそれと比較したものである。

同図のグラフで、▲C一一〇が純鈍(甲第一四号証の二)、▲C一二二が燐脱酸銅(燐〇・〇二%、残余は銅。甲第一五号証の二)、▲C一九二がCDA一九二合金(鉄一%、燐〇・〇三%、残余は銅。甲第八号証の二)、▲C一九四がCDA一九四合金(鉄二・四%、燐〇・〇四%、亜鉛〇・一三%、残余は銅。甲第八号証の三)であり、本願第一発明の焼鈍条件に合わせ、伸び三〇%以上の焼鈍材の値をプロツトしてある。

右の▲印の従来の材料にあつては、導電率と強度は明らかに反比例し、強度が増せば導電率が低下する傾向にあることを読みとることができる。これに対し、○印で示す本願第一発明の微量添加の合金のグループは●印で示す微量添加の合金のグループと共に前記従来の材料の示す傾向の枠から外れていることが読みとれる。これらのグループは、燐脱酸銅並みの導電率を維持しつつ、二%以上もの鉄などを含むCDA一九四合金より大幅に添加元素が少ないにもかかわらず、これと同等以上の強度を有しているのである。

(4) なお、被告は、「本願第一発明の合金の実施例(甲第二号証三頁第1表及び四頁第2表における合金No.3からNo.19まで)と、これと同様に鉄と燐を含有する銅基合金であるCDA一九四合金(甲第七号証二頁第1表及び第2表における合金)とを比較してみると、本願第一発明の合金ではその添加元素の含有率がCDA一九四合金よりも概して少ないものであるところ、本願第一発明の合金は、強度(抗張力)ではCDA一九四合金よりも下まわるのに対して、導電力では逆に上まわつているのであり、強度の向上と導電率の向上は相反するものということができる。」旨主張している(第三の二2(一)参照。)。

そして、甲第二号証の三頁第1表及び四頁第2表における合金No.3からNo.19までの本願第一発明の合金の実施例は抗張力が総じて言えば三〇kg/mm2程度であるのに対し、導電率は八二ないし八三%と高く、甲第七号証二頁第1表及び第2表におけるCDA一九四合金が、引張強さ四一・八kg/mm2であるのに対し、導電率が七三・九%と低い値を示している。

しかし、これら二つのデータは、供試材の焼鈍条件が異なつているから、そのまま単純に比較することができない数値である。即ち、本願第一発明の合金の実施例は、高温で完全焼鈍(ソフト・アンニーリング)してあるため、全体として柔らかになり、抗張力は低い値(平均して約三〇kg/mm2)を、伸びは高い値(平均約三五%)を示す。これに対して甲第七号証のCDA一九四合金は、それ程高温でない温度条件で焼鈍するライト・アンニーリングに止まつているため、合金の柔らかさはそれ程ではなく、引張強さ(抗張力)はそれ程低い値を示さず(四一・八kg/mm2)、伸びも余り高くない値(二四%)を示している。

原告は焼鈍条件を共通にした本願第一発明の合金とCDA一九四合金のそれぞれのサンプルを作り(Feの含有量に大小がある以外は、組成がなるべく似通つているものとしてZn入りのものを選んだ。)、両者の強度、導電率を比較したところ、完全焼鈍状態では、両者の強度・伸びはほとんど変わらないのに、導電率は本願第一発明の合金の方が遙かに優れているという実験結果を得た。

なお、甲第二号証の本願第一発明の合金の実施例が完全焼鈍されたものであることについては、甲第二号証二頁4欄四二行に「四〇〇℃ないし五五〇℃の温度において三〇分間最終焼鈍し」とあるほか、そのように最終焼鈍された合金の伸びが同号証四頁第2表に示すように平均約三五%に達していることから判る。これに対し、甲第七号証のCDA一九四合金の内第2表の合金1がいわゆるライト・アンニーリングであつて完全焼鈍(ソフト・アンニーリング)ではないことは、甲第七号証二頁4欄三二行に、「四四〇ないし四八〇℃において(所定温度で一ないし三時間)ベル焼きなましをする。」とあるほか、そのように最終焼鈍された合金の伸びが、甲第七号証二頁第2表に示すように二四%の値しか示していないことから判る。

金属材料の物性は、最終段階での最終焼鈍の温度条件によつて定まるものである(甲第一一号証八七頁Ⅳ・40図参照)。また、より高温で完全焼鈍すれば伸びが大になり、比較的低温で焼鈍した場合は伸びがそれ程大ではなく抗張力(強度)は逆に大きくなることについては、甲第八号証の三記載の「Mechanical Properties」の表(同号証の訳文三枚目の「機械的性質」の表参照)中の「軟化焼鈍」と「軽焼鈍」の「引張り強さ」と「伸び」の数値を対比すれば判明するほか、甲第一一号証の八七頁のⅣ・40図や甲第一二号証一三七頁のⅥ・7図(同図中の左側)、甲第一三号証の八六頁第5図などから明らかなとおりである。

(5) 被告は、CDA一九四合金の特性値として甲第八号証の三のものを採用すると、その特性値は、導電率六五%IACS、引張強さは三一・六~五六・二kg/mm2(四五・〇~八〇・〇Ksi)ということになると主張する。

しかし、甲第八号証の三の引張強さの欄に記載された数値は、隣の調質の欄の記載から明らかなとおり、それぞれ異なる調質の試料に関するデータである。この調質には、軟化焼鈍、軽焼鈍など焼鈍条件を異ならせたデータのほか、半硬質、硬質、特硬質、ばね質、特ばね質、超ばね質などいわゆる冷間加工を施した調質に関するデータも合わせて記載されている。一般に、同じ合金であつても冷間加工率が高いほど強度が増すのは技術常識である(甲第二四号証の一、二参照)。異なった合金の引張強さについて比較する際に、冷間加工を施したものとそうでないもの、あるいは冷間加工率の異なる合金を比較しても正しい比較はになり得ない。

したがつて、合金の強度を比較するのに、異なつた調質条件によつて造られた合金どうしを比較することになる被告の主張は、不合理である。

(6) 被告は、「別紙第一図(甲第二三号証図2)中の印の1のイ、1のロ、1のハ及び1のニの四点のデータは、本願特許出願の日よりも約三年後に頒布された甲第九号証の一、二に基づくものであり、▲印の(3)ないし(7)の五点のデータは、本件訴訟提起後に原告自身によつて行われた実験によつて初めて得られたものである。このようなデータそのものや、それらのデータが示すという強度のビークの存在は本願明細書に記載されていないから、それらのデータに基づいて本件審決を違法と主張することはできない。」旨主張する(第三の二2(三)参照。)。

しかし、甲第二号証の本願特許出願公告公報の「特許請求の範囲」の欄には添加元素の微量の範囲について数値を以つて限定してあり、そのことにより、強度と高導電性を具備した高導電性銅基合金が得られることが同公報二頁3欄二三行から4欄五行までに詳細に記載されている。本願第一発明の特徴は文章によつて明細書に表現されていれば足りるのであつて、同公報中の記載は本願第一発明の特徴となる技術思想を十分に開示している。

甲第二二号証、甲第二三号証中のグラフは、本願出願時に完成していた本願第一発明の特徴となる技術的思想を、判り易く図示した補助的手段に過ぎないのであつて、そのデータが、前記のとおり本願出願後に頒布された文献もしくは行われた実験に基づくものであるからといつて、それに基づいて本件審決の違法を主張できないとするいわれはない。

(三)(1) 近年のエレクトロニクス技術を始めとする高度の技術革新の時代にあつては、導電性材料に対する要求も厳しくなり、特性もより高度なものが求められるに至つている。即ち、導電性についても、技術が高度化すればする程高い導電性が求められ、従来問題とされなかった数%の導電性の差異であつても、例えばエレクトロニクス部品の材料等、技術分野によつては無視できない程の重要性を持つに至つている。また、材料の強度についても、例えば集積回路をより高密度化し、小型化しようとする場合には、これに用いる端子はより薄く、小さく、細くしなければならず、これに用いる材料は、高導電性を保つたまま、より強いものでなければならない。

(2) 引用例記載のコルソン合金は、歴史的にも実用的にも重要な合金であるが、今日の多様化した高度な技術的要求に十分応えるものではない。

Cu-Co-Si系合金については、引用例中には六〇~七五%の導電率が得られる如き記載があるが(甲第三号証一一六頁一行から三行まで)、実際には最大でも、純銅を一〇〇%とした場合の六〇%程度の導電率しか得られない(甲第四号証五七二頁から五七三頁まで、Fig2からFig6まで参照)。この合金は強度の点で十分であつても導電性の点で今日的要求を充足し得ない。

(3) このような今日的要求を充たす意味で強度と導電性を兼ね備えた実用的合金として登場したのが、本願明細書中でも引用されているCDA一九二合金やCDA一九四合金であつた。中でもCDA一九四合金は、対応する特許が日本でも特許第六一二九三七号(その特許出願公告公報は甲第七号証)として登録され、発表当時産業界でも相応の評価を受けていた。

CDA一九四合金は、導電性には優れているが強度的に劣る銅の欠点を補うため、前記特許の特許請求の範囲によれば、鉄を一・五%から三・五%、燐を〇・〇一%から〇・一五%、亜鉛を〇・〇三%から〇・二%(製品化されたものでは鉄が二・一%から二・六%、燐が〇・一五%から〇・一五%、亜鉛が〇・〇五%から〇・二%である。)含んだものとなつている。

しかし、CDA一九四合金においては、強度は比較的十分であつたが、達成された導電率が実際上は六五%から七三%程度であり(甲第七号証及び甲第八号証の三参照)、日進月歩の産業界の要求を十分満足し得なくなつてきた。また、CDA一九四合金は、最良の導電性を得るためには、複数回の熱処理が不可欠な上、材料の加工硬化(圧延等の加工により硬度が上昇すること)が大きく、鋳造済みの材料を圧延して薄板にするような場合には複数回中間焼鈍という複雑な熱処理工程を経なければならないという欠点があつた。

(4) 本願第一発明は、このような問題を解決して、より高導電性の合金に対する産業界の要求に応えようとするものである。

前記のとおり、CDA一九四合金では、鉄を一・五%以上含んでいるが、これはその強度を保つための最小限の値と考えられていたからに外ならない。従来の技術常識にしたがえば、CDA一九四合金等に比べ鉄等の添加元素を大幅に減少すれば、導電性は向上するにしても、強度は大幅に低下するはずである。

本願第一発明は、強度を犠牲にして高導電性を得ることを目的とするものではなく、強度と高導電性の両者を併せ持つことを目的とするものである(甲第二号証二頁3欄二七行から三三行まで参照。)。

本願第一発明は、銅に鉄と燐を少数点以下二桁の重量%で共添することで導電性を低下させぬまま十分な強度が得られることを発見したことを基本とし、これに更に強度を微調整するための第三添加元素を加えたものである。その結果、本願第一発明の規定する添加元素の量の範囲においては、CDA一九四合金に比し、導電性を明らかに向上している(この点は従前の技術常識のとおり。)上、強度はCDA一九四合金とほとんど変わらないという特段の効果を奏するものである(甲第二号証三頁5、6欄第1表、四頁7欄第2表参照。なお、同号証四頁7欄第2表の合金No.2の導電率の欄及び同号証四頁7欄下から六行目に各「三〇・五」とあるのは、いずれも「八〇・五」の誤記である。)。

(四)本件審決は、前記(一)記載の従前の技術常識にしたがつて、「一般に、銅の導電性は添加元素の増加に伴って低下するものであり、したがつて、合金元素の添加量の多少はその添加によつて向上する性質、例えば強度と導電性のいずれの性質を重視するかによつて決められるものと認められる」と認定しているが、これは、前記(二)記載のように、本願第一発明が従来の技術常識に反する新たな知見に基づいてなされたものである事実、並びに、前記(三)記載のような本願発明の目的及び本願第一発明の奏する特段の効果を、看過誤認したものである。

2  認定判断の誤り第2点

本件審決は、銅に添加する合金元素を増加すれば強度は向上するが導電性は低下するという本願発明以前の従来の技術常識に基づき、「一般に、銅の導電性は添加元素の増加に伴つて低下するものであり、したがつて、合金元素の添加量の多少はその添加によつて向上する性質、例えば強度と導電性のいずれの性質を重視するかによつて決められる」旨の判断を示し、そのことを理由として、「本願第一発明において、Fe、Pおよび第三添加元素の含有量をそれぞれ〇・〇四~〇・一五%、〇・〇二五~〇・〇四%および〇・〇一~一・〇%と微量にすることによつて高強度よりもむしろ高導電性のものとすることは当業者が必要に応じて容易になし得ることと認める。」と判断している。

しかし、本願発明は、従前の技術常識に反する新たな知見に基づいてなされたもので、その効果も、添加元素の量を従前の合金よりも微量にすることにより、本願第一発明の規定する添加元素の量の範囲においては、従前の合金に比し、導電性は明らかに向上している(この点は従前の技術常識の通り。)上、強度はほとんど変わらないという特段の効果を奏するものであることは、前記1のとおりである。

したがつて、「本願第一発明において、Fe、Pおよび第三添加元素の含有量をそれぞれ微量にすることによつて高強度よりもむしろ高導電性のものとすることは当業者が必要に応じて容易になし得ること」である旨の本件審決の認定判断は誤りであり、これに基づく、「本願第一発明は、引用例に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められ」る旨の認定判断も誤りである。

第三請求の原因に対する被告の認否及び反論

一  請求の原因一ないし三の事実は認める。同四の主張は争う。本件審決の認定判断は正当であり、原告主張のような違法事由はない。

二1  請求の原因四1(一)の事実は認める。但し、本発明も従来の技術常識に沿うものであることは、以下に主張するとおりである。

2  請求の原因四1(二)事実は争う。

以下のことからみて、本願第一発明も、強度と導電性は相反するとの従来の技術常識に沿つているものである。

(一)本願第一発明の合金の実施例(甲第二号証三頁第1表及び四頁第2表における合金No.3からNo.19まで)と、これと同様に鉄と燐を含有する銅基合金であるCDA一九四合金(甲第七号証二頁第1表及び第2表における合金)とを比較してみると、本願第一発明の合金ではその添加元素の含有量がCDA一九四合金よりも概して少ないものであるところ、本願第一発明の合金は、強度(抗張力)ではCDA一九四合金よりも下まわるのに対して、導電率では逆に上まわつているのであり、強度の向上と導電率の向上は相反するものということができる。

原告は、本願第一発明の合金の実施例は完全焼鈍であるのに対し、甲第七号証の第2表記載のCDA一九四合金は完全焼鈍でないから、そのまま単純に比較することはできないと主張する。しかし、金属材料の特性に大きな影響を与える最終焼鈍温度についてみると、甲第七号証第2表の温度範囲は本願発明合金の実施例の温度範囲に完全に包含されているもので、両者に実質上の相違があるとは言えず、甲第八号証の三の機械的性質を示す表によれば、平板状製品の軟化焼鈍したものとチューブの軟化焼鈍したものとでは、同じ軟化焼鈍(完全焼鈍)したものでありながら伸びが三二%と二八%と大きく異なつており、甲第七号証記載のものの伸びが二四%と小さいからといつて、甲第七号証の第2表記載のCDA一九四合金が完全焼鈍でないことの根拠にはならない。したがつて、本願第一発明の合金の実施例は完全焼鈍であつて甲第七号証の第2表記載のCDA一九四合金は完全焼鈍でないとの断定は誤りである。

一般に、実施例はその発明の特徴を最も端的に表すものであるから、本願明細書中の第2表に記載の本願第一発明の実施例に係る各特性値は当然に本願第一発明における代表的特性値といえるものであり、一方、本願明細書には従来のCDA一九四合金についてはそのうち完全焼鈍を施したものに限る旨の限定的記載は一切ないのであるから、本願明細書に記載のCDA一九四合金とはそれに含まれる全てのものの総称と解するのが自然であり、そして、甲第七号証が特許出願公告公報即ちCDA一九四合金の我が国における特許明細書であることからみて、甲第七号証に実施例としてその第2表中合金1に示される各特性値は、本願明細書において従来技術とされているCDA一九四合金における代表的特性値と言い得るものである。したがつて、本願第一発明の合金の特性とCDA一九四合金の特性の対比に際して、その特性値としてそれぞれ本願第一発明の実施例に係る値と甲第七号証の第2表中合金1に係わる値とを採用することは、共に代表的特性値である点で共通しており何ら不合理なことではなく、むしろ、本願明細書の記載に素直に従つているのである。

(二)さらに、CDA一九四合金の特性値として甲第八号証の三のものを採用すると、その特性値は、導電率六五%IACS、引張強さが三一・六~五六・二kg/mm2(四五・〇~八〇・〇ksi)ということになり、これを、本願第一発明の実施例のものと比較すると、やはり、本願第一発明のもののほうが、引張強さは小さく、逆に導電率は大きいのであつて、まさに従来の常識のとおりであるといえるのである。

なお、請求の原因四1(二)の(5)の主張は認める。

(三)請求の原因四1二の(1)で原告が引用する別紙第一図(甲第二三号証図2)中の印の1イ、1のロ、1のハ及び1の二の四点のデータは、本願特許出願の日よりも約三年後に頒布された甲第九号証の一、二に基づくものであり、▲印の(3)ないし(7)の五点のデータは、本件訴訟提起後に原告自身によつて行われた実験によつて初めて得られたものである。このようなデータそのものや、それらのデータが示すという強度のピークの存在は本願明細書に記載されていないから、それらのデータに基づいて本件審決を違法と主張することはできない。

また、別紙第一図に示された技術内容を見ても、同図のデータを得るための共試材は、単に最終焼鈍条件を五〇〇℃×一二〇分とした特定の場合のもののみであり、この結果だけから、最終焼鈍条件を限定していない本願第一発明の合金全体について、強度と導電性が相反するとの従来の常識が当てはまらない、ということはできない。

さらに、右(一)、(二)のとおりCDA一九四合金の引張強さの代表的値としては、甲第七号証二頁第1表及び第2表の合金1の四一・八kg/mm2、または、甲第八号証の三の三一・六~五六・二kg/mm2を採用するのが妥当であるから、これらの数値をCDA一九四合金の値として別紙第一図にプロツトすれば、明らかに本願第一発明のものの引張強さは、CDA一九四合金のそれを大きく下回るのであつて、請求の原因四1(二)の(1)の主張は認められず、本願第一発明においても強度と導電性は相反する傾向にあるとの従来の常識は当てはまるのである。

(四)請求の原因四1(二)の(2)中、本願第一発明の合金の方が従来のCDA一九四合金よりも合金元素含有量が少なく、導電率が大きいことは認める。

(五)さらに、右(一)、(二)のとおりCDA一九四合金の引張強さ及び導電率の代表的値としては、甲第七号証二頁第1表及び第2表の合金1の四一・八kg/mm2及び七三・九%IACS、または、甲第八号証の三の三一・六~五六・二kg/mm2及び六五%IACSを採用するのが妥当であるから、これらの数値をCDA一九四合金の値として別紙第三図にプロットすれば、明らかに本願第一発明の合金の引張強さは、CDA一九四合金のそれよりも大幅に低くなるのであつて、請求の原因四1(二)の(3)の主張は認めることができない。

3  請求の原因四1(三)事実は争う。

原告は本願第一発明は、強度を犠牲にして高導電性を得ることを目的とするものでなく、強度と高導電性の両者を併せ持つことを目的とするものである旨主張し、甲第二号証(本願発明の特許出願公告公報)二頁3欄二七行から三三行までの記載を引用している。しかし、右引用の個所は、銅に添加した鉄と燐は燐化鉄を形成(析出)し、この析出によつて第三添加成分とあいまつて、銅は強度と高導電性を具備することを述べたものであり、このようなことは、本願出願前に頒布された乙第一号証の一ないし三あるいは甲第七号証、甲第一三号証(特に同号証八四頁左欄二行から九行まで参照。)に基本的に記載されていることで、何ら新規なことではない。しかも、本願明細書には、原告が主張する、本願第一発明の微量添加領域において、高い強度を保つことのできるピークが存在することについては、何も述べられていない。

本願第一発明の規定する添加元素の量の範囲においては、CDA一九四合金に比し、導電性は明らかに向上している上、強度はCDA一九四合金とほとんど変わらないという特段の効果を奏する旨の原告の主張が認められないということは、2の(一)、(二)、(三)、(五)のとおりである。

なお、甲第二号証四頁7欄第2表の合金No.2の導電率の欄及び同号証四頁7欄下から六行目に各「三〇・五」とあるのは、いずれも「八〇・五」の誤記であることは認める。

4  請求の原因四の2の事実は争う。

第四証拠関係

本件記録中の書証目録の記載を引用する。

理由

一  請求の原因一ないし三の事実は当事者間に争いがない。

二  そこで原告主張の審決取消事由について判断する。

1(一)銅に添加する合金元素を増加すれば強度は向上するが導電性は低下するということは、従来の技術常識であり、この技術常識が一般論としては、誤つていないことは、当事者間に争いがない。

(二)成立に争いのない甲第二号証によれば、本願発明の特許出願公告公報に記載された本願発明の明細書の発明の詳細な説明の欄に、次のような記載があることが認められる。

(1) 従来から銅はすぐれた電気及び熱の伝導体であり、かつ加工性の良いことが知られており、器物や装飾品、建築材料、熱交換器など多くの用途に使用されている。これら様々の用途に使用する時、銅材料の強度や耐蝕性などが問題となるため、これまで銅に種々の合金元素を含有させて満足すべき性質を得るべく試みられ、燐脱酸銅をはじめとするCDA(甲第二号証に「CDA」とあるのはいずれも「CDA」の誤記と認める。)一九二合金およびCDA一九四合金などが提案されている(甲第二号証一頁2欄八行から一六行まで)。

(2) 一般に銅に合金元素を含有させると銅の優秀な加工性、電気及び熱の高い伝導性が低下するが、銅及び銅合金材料に対する最近の産業界の希求としては・・・(中略)・・・高強度化あるいはより以上の電気、熱の伝導性及び耐蝕性の向上などの傾向がみとめられるのに対し、これらの合金、即ち、脱酸銅やCDA一九二合金及びCDA一九四合金などは、これらの希求に対し充分な満足を与えておらず、従つて、加工性が良好で、高い電気及び熱の伝導性を有する高力銅合金、即ち、本発明に係る高導電性銅基合金が前記説明した状況に鑑みなされたものである(甲第二号証一頁2欄一七行から三一行まで)。

(3) そして・・・(中略)・・・一般に強度の向上と加工性の向上とは同一組成合金においては相反するものであることは論をまたないが、両者とも望ましい方向に改良される場合、それは他の合金元素の含有により可能となるが、本発明に係わる高導電性銅基合金の場合、これに更に電気及び熱の伝導性の向上する点についても目的として加味されている。

即ち、本発明に係る高導電性銅基合金は、・・・(前記した本願第一発明の要旨に記載の組成)・・・からなり、燐化鉄の析出した合金を採用することにより前記の望ましい特性を具備する材料が得られるので、燐脱酸銅における強度不足、あるいはCDA一九二合金及びCDA一九四合金の加工性における劣性をほぼ満足する程度までカバーすることができる(甲第二号証一頁2欄三二行から二頁3欄二二行まで)。

(4) Fe及びPは後述する実施例及び第1図から明らかにされているように、燐化鉄を形成(析出)し、この析出により第三添加成分と相俟つて、強度と高導電性を具備させる。従って、Fe及びPを各々単独に含有させる場合は強度の向上に対する効果は少なく、FeとPの共存により強度が顕著に向上する(甲第二号証二頁3欄二七行から三三行まで)。

(5) 第1表、第2表において、従来合金のNo.1とNo.2の比較から明らかなように、P含有量が〇・〇二重量%から〇・〇三重量%に増加することにによつて、導電率が八六・八%IACSから八〇・五%IACS(甲第二号証に「三〇・五%IACS」とあるのは「八〇・五%IACS」の誤記であることは、当事者間に争いがない。)に低下するのに対して、本願第一発明の合金の、例えば、第1表、第2表のNo.3においてはP含有量が増えてもFeの含有により燐化鉄が析出し、このため導電率は八七・〇%IACSと優れた値を維持している。・・・(中略)・・・なお、第2表によれば、本願第一発明の合金No.4、10、11、13、17、19の場合には導電率が八〇%IACSを下まわる値となつているが、これは強度上昇を期待して固溶強化元素であるAi、Co、Mn、Ni、Si、Snを比較的多量に含有させた結果であり、この場合にも燐化鉄の析出により導電率の過度の低下は防止されている。また、本願第一発明の合金はいずれも従来合金に比べて強度(抗張力、耐力)において著しく向上している(甲第二号証四頁7欄三四行から8欄一一行まで)。

(6) 本願第一発明に係る高導電性銅基合金は上記の構成を有しているものであるから、従来合金に比べて優れた加工性、強度及び電気、熱の伝導性を具備し、かつ、同等の耐蝕性を有して(いる)(甲第二号証四頁8欄二九行から三三行まで)。

(三)右認定の事実によれば、

(1) 本題第一発明は、従来の、燐脱酸銅、CDA一九二合金及びCDA一九四合金などの銅基合金は、最近の産業界からの高強度化、より以上の電気、熱の伝導性及び耐蝕性の向上などの要求を充分に満足していないところから、その要求に応ずることのできる、加工性が良好で高い電気及び熱の伝導性を有する高力銅合金を得ることを目的としたものであること、

(2) 前記本願第一発明の要旨のような成分、組成範囲、組織状態の銅基合金は、、従来の、燐脱酸銅、CDA一九二合金及びCDA一九四合金などの銅基合金と比較して、それらの銅基合金毎にそれぞれ不足している加工性、強度、高導電性等の特性をほぼ満足できる程度までカバーすることができること、

(3) 銅は、すぐれた電気及び熱の伝導体であり、かつ加工性が良いけれども、強度や耐蝕性などに問題があつたので、銅に種々の合金元素を含有させて満足すべき性質を得るよう試みられ、燐脱酸銅、CDA一九二合金及びCDA一九四合金などの銅基合金が提案されてきたが、一般に、銅に合金要素を含有させると銅の加工性、電気及び熱の高い伝導性が低下し、強度の向上と加工性並びに電気及び熱の伝導性の向上とは同一組成合金においては相反するものであるが、本願第一発明に係る高伝導性銅基合金は右の一般論に反し、前記の望ましい特性を共に具備するものであることが、本願明細書に開示されているものと認めるのが相当である。

(四)成立に争いのない甲第八号証の一ないし三によれば、CDA一九二合金及びCDA一九四合金の成分、組成、導電率等の物理的性質、引張強さ等の機械的性質は、一九七三年アメリカ伸銅協会(COPPER DEVELOPMENT ASSOCIATION INC)発行の「スタンダードハンドブック 銅及び銅合金加工製品 パート2-合金データ-」(以下「スタンダードハンドブック」という。)に記載されていることが認められ、成立に争いのない甲第一三号証によれば、CDA一九四合金の成分、組成、物理的性質及び機械的性質については、栗田昌良他三名著「新しい銅・鉄系高力銅合金」(「金属」一九七一年一〇月一日号、以下「栗田他論文」という。)にも、我国の会社が「現在試販中であり近く量産化の予定のもの」として紹介されていることが認められるから、CDA一九二合金及びCDAA一九四合金の存在並びにそれらの成分、組成、物理的性質及び機械的性質は、本願出願当時、当業技術者に周知であつたと認められる。

右甲第八号証の一ないし三及び甲第一三号証によれば、スタンダードハンドブックに記載されているCDA一九二合金及びCDA一九四合金の成分、組成範囲は、CDA一九二合金では鉄〇・八~一・二%、燐〇・〇一~〇・〇四%、銅少なくとも九八・七%であり、CDA一九四合金では鉄二・一~二・六%、燐〇・〇一五~〇・一五%、亜鉛〇・〇五~〇・二〇%、錫及び鉛各〇・〇三%以下、銅少なくとも九七%であり、栗田他論文に記載されているCDA合金一九四合金の成分、組成範囲も燐が〇・〇一五~〇・〇四%、銅九七・〇~九七・八%である他は、鉄、亜鉛についてはスタンダードハンドブックと同じであることが認められ、当事者間に争いのない本願第一発明の要旨により明らかな、その銅基合金の成分、組成と比べると、本願第一発明の銅基合金の鉄の組成範囲(〇・〇四~〇・一五重量%)はCDA一九二合金及びCDA一九四合金のそれよりも極めて少なく、その余の添加元素の組成範囲はCDA一九二合金及びCDA一九四合金と重なる部分があることが明白である。

したがつて、前記(一)記載の技術常識、(三)(3)の一般論によれば、鉄以外の添加元素の成分組成が同じとすれば、CDA一九二合金及びCDA一九四合金よりも鉄の含有率が極めて少ない本願第一発明の銅基合金の導電率はCDA一九二合金及びCDA一九四合金よりも高く、強度はCDA一九二合金及びCDA一九四合金よりも低くなるはずであることは、当業技術者に明らかなことである。

前記甲第八号証の一ないし三及び甲第一三号証によれはスタンダードハンドブックに記載されているCDA一九二合金及びCDA一九四合金の導電率は、それぞれ、五〇%IACS、六五%IACSであること、及び栗田他論文に記載されているCDSであることが認められ、他方、甲第二号証によれば、本願第一発明の実施例として本願明細書の第1表及び第2表に記載されたNo.3からNo.16まで及びNo.18の合金の導電率は最も低いもので七二・五%IACS、最も高いものは八八・〇%IACSで、一五例の合金のうち一一例が八〇%IACS以上であることが認められるから、技術常識のとおり、本願第一発明の銅基合金の導電率はCDA一九二合金及びCDA一九四合金よりも高いことが明らかである。

これに対し、前記甲第八号証の一ないし三及び甲第一三号証によれば、スタンダードハンドブックに記載されているCDA一九四合金の内、形状が平板状製品で、断面寸法が〇・〇二五インチ、調質が軟化焼鈍と本願明細書の第1表及び第2表にデータが記載された実施例のものの形質に近似したものの引張強さは、四五・〇ksi(約三一・六四kg/mm2)であること、及び栗田他論文に記載されているCDA一九四合金の内、調質が完全焼鈍と本願明細書の第1表及び第2表にデータが記載された実施例のものの調質に近似したものの引張強さは、二八・〇~三五・〇kg/mm2)であることが認められ、他方、甲第二号証によれば、本願第一発明の実施例として本願明細書の第1表及び第2表に記載されたNo.3からNo.16まで及びNo.18の合金の引張強さ(抗張力)は最も低いもので二八・七kg/mm2、最も高いものは三一・五kg/mm2で、一五例の合金のうち一一例が三〇kg/mm2以上であること並びに一五例の合金の内八例が導電率八〇%IACS以上でかつ引張強さ三〇kg/mm2以上であることが認められるから、前記の技術常識に反し、本願第一発明の銅基合金の引張強さはそれ程低下せず、CDA一九四合金と同じ程度であるものということができる。

以上の事実によれば、本願明細書に開示された実施例の導電率及び引張強さ(抗張力)のデータと周知のCDA一九四合金のそれらのデータとを対比すれば、本願第一発明が、これまでの技術常識に反し、従来のCDA一九四合金に比べ、鉄などの添加元素を大幅に減少したのに、その引張強さを維持したまま導電性が向上するものであることが、当業技術者にとつて自明となるものであつたということができる。

(五)(1) 前記甲第二号証、前記甲第八号証の一ないし三、成立に いめない甲第九号証の一、二、甲第一四号証の一、二甲第一八号証甲第一九号証の一、二、甲第二〇号証及び甲第二三号証並びに本件口頭弁論の全趣旨を総合すれば、「(イ)本願明細書の第1表及び第2表に記載された実施例の合金の引張強さ(抗長力)及び導電率のデータ、(ロ)スタンダードハンドブックに記載されたCDA一九二合金、CDA一九四合金及び甲第一四号証の一、二に記載されたCDA一一〇合金の内、形状調質が本願明細書の第1表及び第2表にデータが記載された実施例のものの形質に近似したものの成分、組成、引張強さ及び導電率のデータ、(ハ)甲第九号証の一、二(中村寿雄他三名著「鉄の燐化物による銅の強化について」日本伸銅協会伸銅技術研究会一九七七年発行・伸銅技術研究会誌第一六号一六五頁以下)に記載された合金の成分、組成、引張強さ及び導電率のデータ、(ニ)甲第一九号証の一、二(「銅線の性能に及ぼす不純物の影響」社団法人日本銅センター昭和四〇年一二月一日発行・銅と技術一巻三号一頁以下)に記載された銅に鉄又は燐の不純物を含むときの不純物の割合と導電率のデータ、(ホ)成立に争いのない甲第二〇号証(一九八〇年六月発行の「Metals Te-chnology」)の二五〇頁の図表に記載された銅に対する鉄の割合と引張強さの内、時効温度が五〇〇℃のときのもののデータ、(ヘ)本件訴訟提起後に原告の軽合金伸銅事業部研究部長府研究室主任研究員宮勝元久が実験によつて得た、燐の割合を〇・〇三%、亜鉛の割合を〇・一五%と一定にし、鉄の割合を〇・一%から一・〇%まで変化させた銅合金の引張強さ及び導電率のデータ、以上(イ)ないし(ホ)の各データに基づいて作成した、添加元素の量(横軸、単位・重量%)と引張強さ(縦軸、単位・kg/mm2)との関係を示す図が別紙第一図(甲第二三号証図2)であり、添加元素の量(横軸、単位・重量%)と導電率(縦軸、単位・%IACS)の関係を示すのが別紙第二図(甲第二三号証図1)であること」が認められる。

(2) 前記甲第二号証、甲第八号証の一ないし三、甲第九、第一四号証の各一、二、成立に争いのない甲第一五号証の一、二、甲第一七号証及び甲第二二号証によれば、「(イ)本願明細書の第2表に記載された実施例の合金の引張強さ(抗張力)及び導電率のデータ、(ロ)スタンダードハンドブックに記載されたCDA一九二合金、CDA一九四合金、前記甲第一四号証の一、二に記載されたCDA一一〇合金、前記甲第一五号証の一、二に記載されたCDA一二二合金の内、本願発明の焼鈍条件に合わせ、伸び三〇%以上の焼鈍材の引張強さ及び導電率のデータ、(ハ)前記の中村寿雄他三名著「鉄の燐化物による銅の強化について」(甲第九号証の一、二)に記載された合金の引張強さ及び導電率のデータ、(ニ)本件訴訟提起後に前記宮藤元久が実験によつて得た、燐の割合を〇・〇三%と一定にし、鉄の割合を〇・一%から二・四%まで変化させた銅合金の引張強さ及び導電率のデータ、以上(イ)ないし(ニ)の各データに基づいて作成した、添加元素の量(横軸、単位・重量%)と引張強さ(縦軸、単位・kg/mm2)との関係を示す図が別紙第三図(甲第二二号証図3)であること」が認められる。

(3) 別紙第一図によれば、添加元素が減少すればするほど強度も併せて低下するという従来の技術常識が当てはまらない領域が、本願第一発明と成分を同じくする銅合金において鉄の割合が〇・二%台から〇・一%台の間にあり、同図において印で表れる本願第一発明の合金は、本願第一発明における鉄の組成割合の数値限定の範囲内である〇・〇四~〇・一五%の間において、明らかな引張強さのピークを示し、符号2で表されるCDA一九二合金や符号6で表されるCDA一九四合金などより遙かに添加元素の量が少ないにもかかわらず、これと同等以上の、引張強さに代表される強度を有することが認められる。

別紙第二図によれば、添加元素が減少すればするほど導電率が向上するという従来の技術常識に沿う結果が認められ、本願第一発明と成分を同じくする銅合金において本願第一発明の鉄の組成割合の数値限定の範囲内である〇・〇四~〇・一五%の間において、CDA一九二合金CDA一九四合金などよりも遙かに優れた導電率を示していることが認められる(本願第一発明の合金の方が従来のCDA一九四合金よりも合金元素含有量が少なく、導電率が大きいことは、当事者間に争いがない。)。

別紙第三図によれば、同図において▲印で表される従来の材料にあつては、導電率と引張強さに代表される強度とは明らかに相反し、強度が増せば導電率が低下する傾向にあり、従来の技術常識に合致するものであることを読み取ることができるのに対し、○印で表される本願第一発明の微量添加の合金のグループは、●印で示される微量添加の合金のグループと共に前記従来の材料の示す傾向の枠から外れていて、これらのグループは、燐脱酸銅並みの導電率を維持しつつ、CDA一九四合金より大幅に添加元素が少ないにもかかわらず、これと同等程度又はそれ以上の強度を有していることは明らかであり、本願第一発明の合金は前記のような従来の技術常識から外れた特性を示すものであることが認められる。

(六)以上のとおりであるから、本願第一発明は、一般に銅に合金元素を含有させると銅の高い導電性が低下し、強度の向上と導電性の向上とは同一組成合金においては相反するという従来の技術常識に反し、本願第一発明の特許請求の範囲に記載された組成割合の範囲内では、従来のCDA一九四合金に比べ、鉄などの添加元素を大幅に減少したのに、その引張り強度を維持したまま導電性が向上する領域があるとの知見に基づくもので、強度と高導電性という望ましい特性を共に具備する銅合金を得ることを目的とし、その目的を達成するという特段の効果を奏するものと認められる。

これに対し本件審決は、本願発明以前の従来の技術常識に基づき、「一般に、銅の導電性は添加元素の増加に伴つて低下するものであり、したがつて、合金元素の添加量の多少はその添加によつて向上する性質、例えば強度と導電性のいずれの性質を重視するかによつて決められるものと認められるから、本願第一発明において、Fe、Pおよび第三添加元素の含有量をそれぞれ〇・〇四~〇・一五%、〇・〇二五~〇・〇四%および〇・〇一~一・〇%と微量にすることによつて高強度よりもむしろ高導電性のものとすることは当業者が必要に応じて容易になし得ることと認める。」と認定判断しているが、これは、本願第一発明が、従前の技術常識に反する新たな知見に基づいてなされたものであり、その奏する効果も、添加元素の量を従前の合金よりも微量にすることにより、本願第一発明の規定する添加元素の量の範囲においては、従前の合金に比し、導電性は従前の技術常識のとおり明らかに向上している上、強度はほとんど変わらないという特段の効果を奏するものであることを看過誤認したもので、その結果、「本願第一発明は、引用例に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められ」る旨判断を誤ったものというべきである。

2(一)被告は、CDA一九四合金の特性値として、甲第七号証二頁第1表及び第2表に記載の数値、又は、甲第八号証の三の数値を採用し、本願第一発明の合金の実施例の合金No.3からNo.19までの数値とを比較してみると、本願第一発明の合金ではその添加元素の含有量がCDA一九四合金よりも概して少ないものであるところ、本願第一発明の合金は、強度(抗張力)ではCDA一九四合金よりも下まわるのに対して、導電率では逆に上まわつているのであり、強度の向上と導電率の向上は相反するものということができ、まさに従来の常識のとおりであるといえると主張する。

しかし、最終焼鈍温度が金属材料の特性に大きな影響を与えること、前記甲第八号証の三の引張強さの欄に記載された数値は、燐の調質の欄の記載から明らかなとおり、それぞれ異なる調質の試料に関するデータであること、この調質には、軟化焼鈍、軽焼鈍など焼鈍条件を異ならせたデータのほか、半硬質、硬質、特硬質、ばね質、特ばね質、超ばね質などいわゆる冷間加工を施した調質に関するデータも合わせて記載されていること、一般に、同じ合金であつても冷間加工率が高いほど強度が増すのは技術常識であり、異なつた合金の引張強さについて比較する際に、冷間加工を施したものとそうでないもの、あるいは冷間工率の異なる合金を比較しても正しい比較にはなり得ないこと、はいずれも当事者間に争いがない。

また、前記甲第一三号証、成立に争いのない甲第一一号証及び甲第一二号証によれば、本願出願前、電気銅、それより純度の高い各種の純銅、銅合金である黄銅、CDA合金において、同じ銅、同じ合金でも、焼鈍の温度条件によつて引張強さを含む強度、導電率、伸長率等の性質が大きく変化することが周知であつたことが認められるから、合金の強度を比較する際に、焼鈍温度や焼鈍の程度の異なつた調質条件によつて造られた合金を比較しても正しい比較ではないことも明らかである。

したがつて、成立に争いのない甲第七号証や前記甲第八号証の三に記載されたCDA一九四合金の強度、導電率の数値を、本願第一発明の実施例の合金のそれらの数値と比較するに当たつては、前記のとおり、形態や調質の条件のできるだけ近似したものを比較しなければならないのであつて、焼鈍温度や焼鈍の程度、冷間加工を施したものかそうでないか、あるいは冷間加工率等を無視して、本願第一発明の実施例の合金と比較している被告の主張は不合理であつて採用できない。

被告は、甲第七号証第2表記載の合金の最終焼鈍温度の範囲は本願第一発明の合金の実施例の温度範囲に完全に包含されているもので、両者に実質上の相違があるとはいえず、また、甲第八号証の三の機械的性質を示す表によれば、同じ軟化焼鈍(完全焼鈍)したものでありながら伸びが三二%と二八%と大きく異なつており、甲第七号証記載のものの伸びが二四%と小さいからといつて、甲第七号証の第2表記載のCDA一九四合金が完全焼鈍でないことの根拠にはならないと主張する。

しかし、前記甲第七号証によれば、同号証第2表記載の合金の最終焼鈍はベル焼きなましで、その時間も所定温度で一ないし三時間を要するものであり、同第2表記載の合金1の引張強さは四一・八kg/mm2、伸びは二四%、同合金2の引張強さは三五・二kg/mm2、伸びは二七・五%であることが認められる。また、前記甲第一三号証によれば、同号証中の八五頁の第3表にはCDA合金の調質別の機械的性質のデータが記載されており、Special Light Anneal(特別軽焼鈍)のものの引張強さは三五・〇~四二・〇kg/mm2、伸びは二〇%、Light Anneal(軽焼鈍)のものの引張強さは三一・五~三八・五kg/mm2、伸びは二七%、Full Anneal(完全焼鈍)のものの引張強さは二八・〇~三五・〇kg/mm2、伸びは三〇%とされていることが認められ、この数値と甲第七号証の第2表の合金の性質を対比すると、同号証第2表記載の合金はいずれも完全焼鈍よりは特別軽焼鈍か軽焼鈍に近い調質のものと認めるのが相当である。他方、前記甲第二号証によれば、本願第一発明の実施例の合金の最終焼鈍については特に限定はなく、ベル焼きなましではない通常の焼鈍で、その時間も三〇分間であり、本願第一発明の実施例として本願明細書の第1表及び第2表に記載されたNo.3からNo.16まで及びNo.18の合金の伸びは最も低いもので、三一・〇%、最も高いものは三七・八%で、一五例の合金のうち一〇例が三五%以上であることが認められ、前記甲第九号証の一、二の記載をも併せ考えると、完全焼鈍に近い調質のものと認めるのが相当である。

したがつて、本願第一発明の合金の実施例と前記甲第七号証の第2表記載のCDA一九四合金は調質を異にするもので、そのまま単純に比較することはできないというべきであり、被告の前記主張は採用することができない。

さらに、被告は、一般に、実施例はその発明の特徴を最も端的に表すものであるから、本願第一発明の合金の特性とCDA一九四合金の特性の対比に際して、その特性値としてそれぞれ本願第一発明の実施例に係る値と甲第七号証の第2表中合金1に係る値とを採用することは、共に代表的特性値である点で共通しており、何ら不合理なことではないと主張する。

しかし、最終焼鈍温度が金属材料の特性に大きな影響を与えるので、合金の強度を比較する際に、焼鈍温度や焼鈍の程度の異なつた調質条件によつて造られた合金を比較しても正しい比較ではなく、また前記甲第七号証や甲第八号証の三に記載されたCDA一九四合金の強度、導電率の数値を、本願第一発明の実施例の合金のそれらの数値と比較するに当たつては、形態や調質の条件のできるだけ近似したものを比較しなければならないことは前記のとおりであつて、焼鈍温度や焼鈍の程度、冷間加工を施したものかそうでないか、あるいは冷間加工率等を無視して、本願第一発明の実施例の合金と比較しようとする被告の主張は不合理であつて採用できない。

(二)被告は、原告が引用する別紙第一図(甲第二三号証図2)中のデータの一部は、本願特許出願の日よりも約三年後に頒布された甲第九号証に基づくもの、あるいは、本件訴訟提起後に原告自身によつて行われた実験によつて初めて得られたものであつて、このようなデータそのものや、それらのデータが示すという強度のピークの存在は本願明細書に記載されていないから、それらのデータに基づいて本件審決を違法とすることはできないと主張する。

原告が引用する別紙第一図中のデータの一部が、本願特許出願の日より後に頒布された前記甲第九号証の一、二に基づくもの、あるいは、本件訴訟提起後に原告自身によつて行われた実験によつて初めて得られたものであることは、前記1(五)(1)に判断したとおりであり、前記甲第二号証によれば、このようなデータそのものや、それらのデータが示す強度のピークの存在は本願明細書に記載されていないことが認められる。

しかし、本願明細書には、一般に、銅に合金要素を含有させると銅の加工性、電気及び熱の高い伝導性が低下し、強度の向上と加工性並びに電気及び熱の伝導性の向上とは同一組成合金においては相反するものであるが、特許請求の範囲に限定された成分、組成範囲、組織状態の本願第一発明に係る高導電性銅基合金は右の一般論に反し、前記の望ましい特性を共に具備するものであることが開示されており、また、本願明細書の実施例の導電率及び引張強さ(抗張力)のデータと周知のCDA一九四合金のそれらのデータとを対比すれば、本願第一発明が、これまでの技術常識に反し、従来のCDA一九四合金に比べ、鉄などの添加元素を大幅に減少したのに、その引張強さを維持したまま導電性が向上するものであることが、当業技術者にとつて自明であつたことは前記1(二)ないし(四)に認定判断したとおりであり、本願明細書には本願第一発明の特徴となる技術思想も具体的データも十分に開示されている。

前記甲第二二号証、甲第二三号証中の図は、本願明細書に開示された本願第一発明の特徴となる技術的思想を、判り易く図示したものにすぎないのであつて、そのデータの一部が、出願後のものであるからといつて、それに基づいて本件審決の違法を主張できないということはできない。被告の主張は失当である。

(三)また、被告は、別紙第一図に示された技術内容を見ても、同図のデータを得るための供試材は、単に最終焼鈍条件を五〇〇℃×一二〇分とした特定の場合のもののみであり、この結果だけから、最終焼鈍条件を限定していない本願第一発明の合金全体について、強度と導電性が相反するとの従来の常識が当てはまらない、ということはできないと主張する。

しかし,本願明細書には、一般に、銅に合金元素を含有させると銅の加工性、電気及び熱の高い伝導性が低下し、強度の向上と加工性並びに電気及び熱の伝導性の向上とは同一組成合金においては相反するものであるが、特許請求の範囲に限定された成分、組成範囲、組織状態の本願第一発明に係る高導電性銅基合金は右の一般論に反し、前記の望ましい特性を共に具備するものであることが開示されているのであつて、このことは前記のとおりであり、別紙第一図はそのことを具体的に分かり易く説明したものであり、特定の調質又はこれに近似したもののデータに基づいて作成された同図のみで本願第一発明の技術思想を証明しようとするものではないから、被告の右主張は失当である。

(四)被告は、本願第一発明は、強度を犠牲にして、高導電性を得ることを目的とするものではなく、強度と高導電性の両者を併せ持つことを目的とするものであることは本願明細書に記載されていないかの如く主張する。

しかし、右のような本願第一発明の目的が本願明細書に開示されていることは、前記1(二)、(三)に認定したとおりである。

さらに、被告は、銅に添加した鉄と燐は隣化鉄を形成(析出)し、この析出によつて第三添加成分とあいまつて、銅は強度と高導電性を具備することは、本願出願前に頒布された乙第一号証あるいは甲第七号証、甲第一三号証に基本的に記載されていることで、何ら新規なことではない旨主張する。

しかし、本件審決は、右被告主張の点を本願発明を拒絶すべき理由として原告の審判請求は成り立たないと判断したものではないことは、前記本件審決の理由の要点から明らかであるから、被告の右主張は原告主張の審決取消事由を排斥すべき事由として検討するに由ないところである。

三  よつて、その主張の点に判断を誤つた違法のあることを理由に、本件審決の取消を求める原告の本訴請求は理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 秋吉稔弘 裁判官 西田美昭 裁判官 木下順太郎)

〈以下省略〉

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